【うつ病で大学は休学・辞める?】同じ経験をした自分が心の底から伝えたい事

【大学生でうつ病になった君へ】同じ経験をした自分が心の底から伝えたい事

大学生活はよく「人生で1番楽しい時間」と形容されるように、一般的には非常にポジティブなものとして考えられています。実際、ほとんどの人間が「人生最後の学生時代」を心ゆくまま満喫していることは疑いの余地がありません。

しかし一方で、「人生で1番楽しい時間」とも言える大学生活の中で、「人生で1番”辛い”時間」を送った筆者のような人間も存在しています。具体的にはうつ病となり、まさにどん底とも言える状況の中、大学を卒業し大学院まで進学しましたが、力尽きて実家にテレポートしました。

もしかしたら、この記事を読んでくれている皆さんも、筆者と同じように「理想の大学生活」とは程遠い時間の真っ只中にいるかもしれません。そして、こんなことを考えている方もいらっしゃるでしょうか?

  • 大学生でうつ病になるって・・、もう人生終わりだ
  • 生きていたって良いことなんて何もないじゃないか
  • どうしてこんなことになってしまったんだろう。高校まではもっと違う自分だったのに

実は筆者も、以上のようなことを毎日毎日考えていました。人生を投げようと思ったことすら決して少なくないかもしれません。

でも、それでも、なんだかんだで今生きている。大学入学前に思い描いていた自分とは180度違うけど、それでも生きている。そして今は、

亜鈴

自分が「うつ病になってくれた」ことに感謝している

と思うことすらあるような、そんな気持ちで毎日を必死に生きています。

ということでこの記事では、大学生でうつ病になって「人生終わった・・」と思った筆者が、

  • その後どうやってここまで生きてきたのか
  • 読者の皆様に心の底から伝えたいこと

以上2つを主軸にして、色々と思うところを述べていこうと思います。取るに足らない自分の人生が、皆様のお役に立てれば幸いです。

大学でうつ病を発症した筆者が何を考え、どうやって生きてきたか

まず最初に、大学でうつ病を発症した筆者が何を考え、どうやってここまで生きてきたのかについて、詳細に述べていこうと思います。

皆さんの参考になる部分があれば嬉しいです。

大学生活

まずは大学生時代に感じていたことをザックリお伝えできればと思います。

1年:全ての始まり

筆者のうつ病の全ての始まりは大学入学直後、つまり大学一年生の時でした。ハッキリ言って、筆者の大学生活のスタートは非常に良くなかったです。

というのも、中学〜高校まで部活、勉強、学校行事・・、といったことに120%の力で取り組んで生きてきた為、大学入学の時点で非常に疲れていました(当時は疲れなんて感じていませんでしたが)。しかし、そんな状態で大学でもフルパワーで生きていこうとしたため、既に空っぽの状態から更なる負荷を自分自身にかけていたように今は感じます(この性格傾向は、うつ病の"病前性格"としてポピュラーです。皆さんも同じような性格の傾向があるのではないでしょうか?)。

  • 講義の復習を受験勉強並みに行う
  • 往復5時間かけて実家から大学に通う
  • 塾講師のアルバイトに全力で取り組む

具体的にはこんな感じです。1限に間に合わせるために朝5時に起きて、大学終わったらバイトを22時過ぎまでして、帰ったら講義の復習を行うみたいな、そんな生活してましたから、そりゃ体・メンタル両面に悪影響を及ぼすことは当たり前ですよ。でも、当時はそんなこと何も考えずに、ただ「頑張る」ってことしか頭になかったんですよね。今考えればバカだ。

で、結果的に徐々にメンタル面に陰りが見えてきて、うつ病への入口が迫ってきた・・みたいな、そんな感じ。いわゆる希死念慮と呼ばれる「死にたい」みたいなものはなかったですが、頭が回らなくて体も動かない。1日中良くわからない不安感が心の中にあるみたいな状況に陥りました。

でも、こんなこと人生で初めて経験することでしたから、自分に何が起こってるのか全然わからなかったです。家族からも、

  • 考え過ぎだよ
  • ちょっと疲れてるんじゃない?休めば?
  • 気の持ちようだよ。頑張れ頑張れ

なんて声をかけられましたが、正直言って、

亜鈴

考え過ぎとか疲れてるとか、そんな次元の話じゃない気がするんだけどな・・

って内心思っていたのは覚えてますね。休んでも休んでも全然好転しないので、遂に「精神科」へと足を運ぶことを決意しました。そしてそこで「うつ病」と診断され、ここから筆者の「うつ病人生」が幕を開けたわけです。

2年:バイトで心を燃やし尽くす1年

うつ病と診断された筆者の人生は、大学2年目へと入っていきました。抑うつ反応などの症状は出てはいたものの、この頃はまだ軽症だったと思います。体もちゃんと動くし、思考もハッキリしてたし、意欲的だったしね。

さて、大学生活2年目は塾講師のバイトメインの1年でした。丁度この頃から自分に担当の生徒が付いて、彼らを第一志望へと合格させることが自分の目標になっていて。そして、自分の担当についたのは7人の中三で、今考えれば完全なるキャパオーバーです。

でも当時は、自分に付いてくれる子供がいて、そんな彼らの役に立てることが何よりも嬉しかった。まあ、よくある「やりがい搾取」ですよね(笑)もちろん、塾側は搾取しようとは思っていなかったですし、

「お、こいつやる気あるし、めっちゃ生徒担当させたろ」

くらいの気持ちだったんでしょう。それでも、変に真面目な筆者は120%全力で取り組んで、毎日毎日23時くらいに帰宅して、1限がある日は翌朝5時に起きて大学へと向かう・・なんてことをしてましたからね。しかもうつ病と診断された後で。

一般的に見れば、「いや、ちゃんと休めよ」って思うのも当然で、筆者ももちろん今ではそう思いますよ。でも当時は、

亜鈴

何か打ち込めるものがあれば、うつ病なんて吹っ飛ばせる

なんて真剣に思ってましたから、これでますます筆者の心と体はすり減っていきました。まあでも、最終的には自分の担当の生徒全員が第一志望へと合格してくれたので、それは良かったかなと思ってます。

そして肝心の大学の方は、この頃からちょいちょい単位が取れないようになってきて、うつ病の影響がジワジワ出てきていたように感じます。周囲の友達にも自分がうつ病だとは打ち明けられなかったのが辛くて、なんとなく心から打ち解けられないような、そんな難しさを抱えていたのも丁度この頃でした。

3年:遂に本格的にダウン

7人の担当の生徒を無事に合格させた筆者でしたが、4月を迎えると新しい中学3年生が担当として与えられました。この時の筆者は、2年生の時に担当をもらえた時とは逆で、

亜鈴

マジかよ・・、もうやりたくない

と思っていたのがホンネだったと思います。でも、繰り返しになりますが筆者は変に真面目なので、「弱い自分」を認めることが当時はできなかったんです(これも典型的な"病前性格"ですね)。なので無理矢理引き受け、再び120%で頑張りました。

でも、これ以上の自分への負担は、流石に身体が許容しません。遂に本格的に動けなくなる時がきました。具体的には3年生の夏ですね。うつ病を患っている方ならわかるかもしれませんが、体がめちゃめちゃ重くて、全く動かないんです。これは代表的な症状で、「鉛様麻痺」とも呼ばれるものですが、これで筆者は物理的に学生生活を行うことが不可能になりました。事実上の休学決定ですね。

そして休学の決意を固めようとしていたところで、大学の信頼できる友人に告げたところ、

「もうちょっと頑張ってみた方がいいんじゃない?」

と言われたんですね。彼には自分がメンタル的にちょっとアレなことをサラッと告げてたんですが、休学に対して否定的な言葉をかけてくれたのが嬉しかったです。家族全員には休学を勧められていて、当時の家族は「腫れ物」みたいな感じで筆者を扱っていた、というか「扱うしかなかった」ので、そんな中で彼だけが「頑張れ」という言葉をかけてくれたのが尚更心に残っています。

というわけで、

亜鈴

あとちょっとだけ頑張ってみれば、何かが変わるかもしれない

と思った筆者は、休学しないことに決めました。そして、往復5時間かけて大学に通うのは体・心にかかる負担が大きすぎるので、遂に一人暮らしを決意。家族からすれば内心ヒヤヒヤだったと思いますが、「何かあったら必ず連絡する」という前提のもと、「自分で決めたことだから」と背中を押してくれました。

そして、3年夏から一人暮らしを始めた筆者は、遂に4年生へと進学します。

4年:単位をなんとか揃えて無事卒業

筆者は生物系大学に進学したこともあり、4年生から研究室に配属されます。なんとか一人暮らしにも慣れた筆者でしたが、またガラっと環境が変わるということで、色々と不安が出てきました。

この辺から、自分のメンタル系の不安について、周囲にも打ち明けるようになってきました。同じ研究室へと配属された1人の友人には、

亜鈴

俺、精神疾患持ってるからさ、よろしく頼むわ

ってことを打ち明けたら、

「なんかそんな感じはしてた(笑)」

って言われたので、まあやっぱりそうだよねって話ですよ。言っても言わなくても親しい友人なら結局なんとなくわかるので、もうどうせだったら早いうちから打ち明ければよかったなと思いました。うつ病であることを打ち明けて、離れていくような友達だったら早めに離れてもらった方が良いです。逆に今まで通り接してくれたら、本当に大切にすべき友だと言えます。

そして、いよいよ研究室生活が始まるわけですが、4年生の時はそこそこ楽しかったですね。筆者が扱っていた卒研のテーマは、めちゃめちゃマニアックな分野だったので、日本でも自分くらいしか専門的に勉強しない分野だったわけです。

なので、非常にニッチな領域だったものの、

「最先端の研究が出来てる」

という実感があったので、そこそこのやりがいと楽しさは感じられました。また、自分の精神疾患を打ち明けた同じ研究室の友人がいたことで、色々と精神的に助かっていた部分もあったかな。

あと、4年生の時に教育実習もありました。大学入学時は教師になることを夢にしていましたが、もうこの時は教育に対して何もモチベーションがなかったので、かなり適当に取り組むことにして、免許さえ取れればいいやって感じでしたね。

そんなこんなで色々あり、無事に卒研を終えるまで至ります。筆者の研究室はニッチな領域を研究していたこともあり、大学内での立ち位置は弱小です。なので、色々とプレッシャーというか、権力争いの気持ち悪い感覚を身を以て体感したものの、とりあえず大学卒業はできたのでよかったかなと。

ただこのまま就職ってのはうつ病のこともあったし、自分が就職するイメージが全くつかなかったので無理でしたから、夏に内部進学にて大学院進学を決めていました。というわけで、晴れて次の年から修士1年(M1)になることが決定。大学同期のほとんども内部進学でしたが、同じ研究室の心の支え的な友人は普通に就職してしまいました。。

というわけでここまでをまとめてみると、

  1. 大学1年:色々頑張りすぎてうつ病発症
  2. 大学2年:バイトを死ぬほど頑張った
  3. 大学3年:本格的に症状が出始めたが、一人暮らしを始めた
  4. 大学4年:研究に面白さを感じて無事卒業

こんな感じですね。お気づきかもしれませんが、大学1年にうつ病を発症したものの、なんとかストレートで卒業はできているので、そこまで重症ではなかったように感じます。軽〜中くらいを常に行ったり来たりがメインだったので、大学を頑張って卒業して「大卒」を最低限獲得したのはよかったです。卒業してわかるけど、なんやかんやで大卒の肩書きは大きいです。

でも、やっぱり「苦しかったら休む」。これがうつ病の正解だと今は思いますし、もし途中でしっかり休学して自分と向き合っていたら、また違った人生を歩んでいたかもしれません。まあこの辺は「たられば」ですから、あまり考える意味はないですね。

大学院時代:症状が辛すぎて休学の道へ

さて、うつ病を発症してなんやかんやで大学院にまで進学できた筆者でしたが、いよいよここから本格的にうつ病の病魔が忍び寄ってきます。

まずそもそも大学院というものについてザッと話しておきたいのですが、言葉で説明するとややこしくなるので、こちらの図をご覧ください。

大学のピラミッド

こちらの画像は筆者がiPad Proで10分くらいかけて書いた力作ですが、大学内はこんな感じのピラミッド構図となっており、研究室には学部生以外にも、院生をはじめとした以下のような立場の人間が存在しています。

大学の各立場の人間
ポストドクター(ポスドク)
教授候補の「助・准教」になる資格はあるが、就職先が見当たらない身分。低賃金かつ契約社員的な扱いで、研究室にとっての都合の良い労働者。
助・准教授
教授が定年するのをひたすら待つだけの簡単なお仕事。基本は教授が退いたら自動昇格して教授になれる。
教授
数えきれないほどの潰し合いを制した人間たちの集い。90%以上の教授は人間的欠陥がある(個人的見解です)

色々と個人的見解が含まれていますが、基本的にはピラミッドの上の方に行くに従って権力的なものが大きくなっていくと考えてOK。

で、何が言いたいかというと、普通の研究室は学部生、院生の他にポスドクやらがいるわけです。でも、うちの研究室はちょっと例外で、あまりにもニッチな領域をやりすぎていて人が全く集まっておらず、なんと先生の下に院生の自分一人と、あとは一個下の学部生2人の合計3人しか在籍していないカオスな研究室だったわけ。

つまり、本来ならばポスドクやらがやるべき仕事も自分に回ってくるし、後輩の教育も自分に回ってくる。もちろん、自分の研究はしながら・・です。しかも頼みの綱だった友人はすでに就職してしまったので、実質自分一人で研究室を回さなければいけませんでした。ありえないよね、ほんと。

もうこの辺から自分の中に余裕がなくなってきて、人間関係もうまく回らなくなってきました。周囲に自分がどう見られてるかが気になったり、研究がなかなか進まなくて先生の目が怖かったり・・みたいな、まあ元々持ってたコミュ障の部分が余裕がなくなってきたことでより顕著になってきた、みたいなイメージです。

でも、頑張って頑張って全部なんとかやりきろうとは思いました。そして、なんとか前期は無事に乗り切って、自分の研究も軌道に乗ってきたし、後輩たちもなんとか研究の波に乗ってきて・・、ってとこで次に待っているのは就活です。

しかしね、もう筆者の中に就活をするだけのエネルギーは残っていませんでした。意識だけは無駄に高かったのでセミナーやら自己分析やらは前期から頑張ってましたけど、全部体を動かしているだけで頭には何も入ってこない。生きてる感覚がなくて、ただ「動いてるだけ」って感じでしたね。

そして後期に入るに当たって、要するに10月になって、遂にその時が訪れました。そう、うつ病重症化です。「死にたい」という「記号」が頭に自動的に現れ、今まで自分の症状を見て見ぬ振りをしてきた筆者でも、流石に「ヤバイ」と感じましたね。

これはいわゆる「希死念慮」ですが、これが体からの最後通告だったのでしょう。要するに、

亜鈴

これ以上今のままだったら俺が俺を殺すけど、じゃあ俺はどうする?

ってことですね。ここでようやく筆者は白旗を上げ、即座に先生に「休みます」と伝えて実家に戻りました。ここで自分が抜けたら後輩二人が大変なことになるのは目に見えてましたが、もうそれどころじゃなかったです。とにかく実家に帰る。それだけを考えて、筆者の大学生活は遂に止まってしまいました。

休学後

さて、うつ病の症状が本格的に出てきて遂に休学を選択した筆者。逃げるように休学をしてきたので、当然休学後のビジョンなんて何一つないわけです。

むしろ、休学して実家にて療養しているだけで治るかどうかもわからないですし、まあハッキリ言ってアレですね、「お先真っ暗」ってやつです。一寸先は闇どころか、どこまでいっても闇みたいな、そんな感じで、今までは「高校・大学・社会人」っていう「人生のレール」があったわけでしたが、それがプツンと途切れてしまった。そんなイメージ。

なので、何をすればいいかわからず、これからどうすべきなのかもわからず。何もわからない状態で、とにかく毎日を過ごすことだけを考えていました。

休学中の具体的症状

休学中の具体的症状ですが、いわゆる「急性期」、要するに症状が1番強く出るタイミングでは、希死念慮も多少はありました。ですが、自分のストレス源であった大学を離れたことで心にかかる負担は軽くすみ、早い段階で緩和されましたね。

一方で、

  • 体が思うように動かない(鉛様麻痺)
  • 気持ちがどんよりする(抑うつ)
  • 色々なことに対して不安になる(不安神経症)

以上のような症状は依然として残っており、どれだけ休んでも抜けてくれませんでした。特に不安感が厄介で、単純な不安ではなく、心が大きく揺さぶられるような不安、うつ病というよりは性格に起因する「不安神経症」が辛かったです。

まあでも不安感が出るのも当然といえば当然なんですよね。だって、お先真っ暗なわけですし。復学するどころか、そもそもうつ病が改善して普通に生きていけるかもわからない。ずっと寝たきりって可能性もあるわけですから、そりゃ不安にもなるよねって話です。

全ての人間関係を断ち切ろうとした

休学してもなかなか思うように症状が改善されないこともあり、この頃はうつ病になっている自分に嫌気がさしていました。そして、こんな弱い自分を他人に見せることが物凄く嫌で、もう全ての人間関係を断ち切ろうとしたんですよね。(元々友達も多くなかったけど)

だって、うつ病の友達なんて必要ないでしょ。面倒なだけだし。こんな感じにも思ってましたから、もう家に引きこもってるだけの人生でいいと、そう思っていたんです。

でも、大学院まで5年以上、常に一緒に過ごしてきた友人たちは、こんなどうしようもない自分でも以前と変わらず友達として認識してくれていました。この優しさが逆に辛くて、申し訳なくて、逃げようと思ったことも数え切れません。

だけど、この関係だけは断ち切れませんでした。そして筆者は決めたのです。

亜鈴

こいつらには何があっても、自分の全てをさらけ出していこう。

ということを。この時初めて筆者は、本当の意味での「友」を知ることができました。今までは表面上でしか他人と接してこなかったことも同時に痛感し、だからこそなんとなく「生きにくい」感じがあったのだと思います。

自分をさらけ出せない弱さ。これを教えてくれた彼らには感謝しかなく、うつ病で全てが終わったように感じていた中でも、「全部が全部最悪ではないんだなぁ」ということをひしひしと感じていたことを記憶しています。

「マインドフルネス」という治療法との出会い

友人から自分の弱さについて教わった筆者でしたが、やっぱりうつ病自体はなかなか改善されてはいきませんでした。ここまでで休学して半年くらいで、半年経っても全く前に進めない状況に、正直ストレスを感じていましたね。

しかし、そんな折、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)という治療法と運命的な出会いをします。MBSRの詳細については省きますが、簡単に言えば

「嫌なこと、ストレスになること、などを受け入れて、自分の一部として認識する」

って感じで、今まで自分にとって都合の悪いことは全て取り除こうとしてきた筆者にとって、まさに革命的な考え方だったのです。ですから、これまでは自分の弱さも、自分のうつ病の症状も、全て「自分の欠点」だと思っていたのに、それらが「自分の一部」だとわかるだけでなんとなく心が軽くなっていきました。

また、MBSRでは瞑想を主軸にして治療を進めていくので、この瞑想も自分に合っていると思いましたね。瞑想といっても、座禅を組んで呼吸をしているだけなので難しいものではないのですが、面白いくらいにうつ病の症状に効果がありました。

こうして闇しかなかった筆者の人生に、MBSRによって徐々に光が射してくるようになったのです。

その後

そしてその後は、MBSRを中心にした生活を組み立てることで、なんとか生活を再建することが徐々にできてきました。

自分の弱さを受け入れたことで、「自分ができることは何か?」ではなく、「自分がやりたいことは何か?」という問いを持つようになり、

亜鈴

家で一日中ゴロゴロしてたい!

という破滅的な思考を持っていたことには、自分のことながら少々驚きましたが、「だったら家で働ける仕事しよ」って考えに至り、現在はWebライターをしている・・、って感じですかね。

Webライターのお仕事も、「クラウドソーシング」という経験0でも誰でも仕事ができるマッチングサイトのような場所でスタートし、幸運なことに安定してお仕事を頂けるクライアント様とも繋がることができました。

そして現在では、「どうやって病気を治そうか」ということを考えることはほとんどなくなり、「どうやって収入を増やそうか」という前向きな思考ができるようになったのです。まだまだ収入は満足できるようなものではありませんが、人間が1人で生きていく程度は稼ぐことができているので、大きな進歩だと思ってます。

体調の方は・・、まだまだ課題もありますが、それでもとりあえず生活は普通に送れているので、良かったですね。薬はレメロンというものを1/8に割って飲んでます。断薬ではないですが、実質断薬みたいなものです。

君たちと同じ経験をした俺が、心の底から伝えたいこと

というわけで、筆者の辛い生き様について語ってきましたが、要りますかね、アレ(笑)ちょっと自分でも書きすぎて、「うわーこいつキモいなー、自分語り大好きマンかよ・・」みたいに思われてそうで怖いw

まあいいや、そんじゃ次は、同じ経験をした筆者目線で、心の底からみなさんに伝えたいことを書き連ねていこうと思います。

絶対に必要なのは「自分の本心と向き合う」ことだ

まず現状を打破するためにも、最も重要だと感じたことは「自分の本心と向き合うこと」だと思います。

うつ病というのは、言ってしまえば「体からの最後通告」です。

「これ以上今の生活を続けてたら、マジでヤバイよ?」

というのを無理くり各種症状を使って体に伝えているので、自分と向き合うことが必須であると考えています。

親・友達・・周りに流されるのは終わりにしよう

そしてよくあるのが、自分の人生に対して強い違和感を抱えているパターンです。筆者も現にこれでした。

亜鈴

なんか今の生活って違うと思うんだけど、まあ仕方ない。大学出て就職するしかないんだ

筆者の場合はこんな感じで、要するに流されてるんですよね。自分の本心に向き合わず、今の人生を正しいと思い込む。大学に進学することは、世間一般で言えば正しいことですが、自分にとって正しいかどうかは別問題ですしね。

自分の感覚を1番に信じてみる

なので、「なんか違うな」という違和感を生活に感じるならば、大学に居続けるという選択が自分にとって正しいのかどうかを一度吟味する必要があると思います。

この時、まー色々考えると思います。

  • 就職のこと考えると・・
  • 親になんか言われそうだし・・
  • 退学してどうすんだよ・・

具体的にはこんな感じかな?これらが現実的な不安であることはもちろん事実ですし、実際に考慮することも必要です。でも最終的には、自分の感覚に従ってあげた方が、今後の人生は豊かになると思います。

うつ病を患う私たちは、言ってしまえば「自分の感覚を信じられない人間」なんです。じゃあ何を信じてるかと言えば、世間的に正しいということを強く信じている人間。要は真面目ってことです。

ただ、自分の感覚を無視することは、何にも勝る毒であることを筆者はもうこれまでの人生で理解しています。だから、たとえ大学を卒業することが正しいことだとしても、自分が「ヤダ」と心の底で思ってれば、少なくとも一度止まってゆっくり考えるべきです。

人生は、長いようで短いですが、なんやかんやで長いです。先のことまで見越した上で、「大学を卒業したい」と思うなら、大学で頑張れば良いと思うし、逆に「大学辞めたい」って思えば辞めていいと思います。そして、この結論が今は出ないなら、無難に休学をおすすめします(理由は後述)。

「普通」という枠から外れてみよう

上記と関連しますが、一度普通という枠から外れてみるのも大事です。

大学から就職するというのは、日本で理想とされる形ではありますが、これだけが人生ではありません。筆者のように、大学院を中退し、そこからニートをやって在宅ワーカーとして食ってる人間もいますし、そもそも高卒・中卒という人間も山ほどいるわけです。

こういったことを考えると、「大学→就職」ということにこだわる意味は、それほどないのではないでしょうか?

フリーター・ニートがダメな理由ってなんだろう?

じゃあ大学辞めて何すんの?って話になりますが、フリーターでも良いですし、なんなら「療養」という名のニートでも良いでしょう。普通なら「ニートなんて絶対ダメ!」とされますが、全然いいでしょ、ニート。筆者も丸っと2年くらいニートやってましたしね。

そもそも、ニートがダメな理由ってなんだろう?だらしないから?長い人生、ダラダラする時があっても良いでしょう。世間体が悪いから?世間体を気にして辛くなるなら、いっそのこと開き直るべきです。稼ぎがないから?親がしばらく養ってくれるなら、それに甘えれば良いじゃん。

他にもニートを否定するものはいくらでもありますが、全部無視してニートやってみると良いと思います。すると、

亜鈴

あの時の自分って、色々余裕がなかったんだな。

と、余裕を持って振り返ることができるようになる時が、必ず来ます。言ってしまえば、「前に進むためのニート」であり、充電期間みたいなもんですよ。

そんで、親からの目が厳しいならバイトをしたりすれば良いですし。ただ、病気の療養という観点も大事なので、できれば何もせずニート生活が理想ですけどね。

亜鈴

うつ病の治療で最も大事なことは、ズバリ「何もしないこと」だ。人間は、何か悪いことが起きると、何かをして改善しようとする。これは正しい反応だが、うつ病の治療では裏目になることが多い。むしろ、家でひたすらゴロゴロして、動く気力が出るのを待つことが大事だったりするのだ。そういう意味で、ニートに筆者は大賛成だぞ!

何もかも嫌になったら「とりあえず休学」でOK

「じゃあニート期間は大学どーすんの?」って疑問が生まれますが、ここは素直に休学でOK。

休学すると、国立の場合は学費タダ、私立はなんぼかは払うことになると思いますが、それでも圧倒的に籍をそのままにしておくよりも安上がりです。

そして休学中も「学生」という身分は維持できるため、学割ももちろん使えますし、諸々の審査も学生扱いなので通りやすい。まさに休学は最高の制度なんですよ。これを利用しないのはマジでもったいない。

亜鈴

映画も学割で観れるし、旅行とかも安く行けます。信用機関の審査も通りやすい・・、あぁ、なんて最高なんだ休学は。クソザコ個人事業主としてフリーで働く今、クレカの審査すらビクビクしながら申請する筆者にとっては、休学中の学生ほど羨ましいものはない。あの時に戻りたいぜ・・(笑)

一回休んで視野を広く持ってみよう

そして、休学という「ラベル」を自分に貼り付けることで、大学からしっかり距離を置く心理的な作用もあります。これにより、大学を含めた自分の人生を一度客観的に見つめ直すことができるようになり、今までよりも視野を広く持つことができるようになるのです。

筆者の場合は、この休学期間で、

亜鈴

大学(院)とか意味ねーからもう辞めるわ。家で仕事して生きてく。

こういう結論に達しましたから。大学にいるときは絶対卒業して、就職するという道しか考えられなかったので、休学してよかったなと今では思ってます。

一番やっちゃいけないのが、この休学というステップを踏まずに「退学」を選んでしまうことです。せっかく頑張って入学して入学金やら何やらを納めて入学したわけですから、ゆっくり考えてから退学という道を選ぶべきです。

「とりあえず休学はNG」なわけがない

一方で、「とりあえず休学はNG」なんて意見も目にすることがありますが、これは絶対にあり得ません。確かに、休学をしたところで、大学には復学支援なんて福祉めいたことは一切なく(期待するだけ無駄です)、復学したところで待っているのは非情な現実なんですね。

周りの同期は数年上の先輩、もしくは卒業をしていますし、いきなりドカンと授業も始まる。周りに知人がいなければ、過去問なども共有されずに、極めてハードな学生生活が待っていると考えた方が良いでしょう。というより、確実にハードです。

ですが、これはこれでもう仕方ないことなんです。じゃあ仮に休学せずに退学したとしたら、その先に待っているのは高卒という肩書きでの就職活動。しかも、大学での支援も受けられず、ハローワークなどを利用することになる可能性が極めて高いです。

ハロワを否定するわけではないですが、せっかく大学まで進学して卒業をして「大卒」という肩書きを得られるチャンスを、皆さんは幸運なことに握っているんです。それを何も考えずに即退学にしてしまうのは、あまりにももったいないと思いませんか?誇張抜きに、マジで高卒と大卒では待遇が違いますよ。

『そうだとしてももう自分には大学は無理だ』

と思うなら、それはもう退学を選んでしまっていいと思います。自分の感覚を大事にすることが本当に大切ですからね。

亜鈴

なんやかんやで、大卒という肩書きはデカイです。そしてこれには、絶対に後で気がつきます。その時になって「やっぱ大学辞めなきゃよかった」なんてのは後の祭り。であるならば、「とりあえずの折衷案」という感じで、休学の選択肢を取るのが安定だと思ってます。

まとめ

というわけで、この記事では大学生でうつ病になった筆者の、まあなんというか、独白的な感じのことをお伝えしてきました。参考になる部分があれば幸いです。

こんだけ長い記事書くと、ライターと言えど流石に疲れます。さあ、寝よ寝よ。うつ病と睡眠は切っても切れない関係にあります。良質な睡眠を意識しましょう!

何か質問やご意見などあれば、遠慮なくコメントなどしてください。Twitterもやってますので、フォローしてくれると嬉しいです。

4 Comments

ずんだ

筆者さんと同じような経験をしているので思わずコメントしました。
方言も気候も違う場所へ進学し一年程でストレス性の病気になりぶっ倒れながら卒業しました。が、その後受験が楽だという理由だけで院へ内部進学し悪化させて無事帰郷した者です(笑)
これなら浪人すべきだった…編入すべきだった…と悩んでいましたが、希望の学位と資格をとれてとりま良かった!と思えるようになりました。
また、無理してるのか頑張り所なのかの線引きって難しいなぁと思っていたのですが、昔読み漁った知○袋なんか胃が痛くなるばかりでアテにならず…こちらの記事はかなりタメになり、心も楽になりました。

返信する
亜鈴

ずんださん、コメントありがとうございます。

かなり似ている境遇ですね・・(笑)私の記事を通じて少しでも気持ちが楽になればよかったです。

記事でも言ってますが、結局のところ「大卒という肩書き」が取れれば御の字だと思います。あとは個人の頑張りでどうとでもなりますから。
とはいえ、自分に無理を押し通してまで大学を卒業するってのも変な話ですから、その辺の考え方が難しいところです。少なくとも、身体的・精神的に余裕を感じるならば、就職はしない前提でもいいので大学は卒業すべき、だということは皆さんに知ってもらいたいです。

返信する
てるし

大学をなんとか卒業して3~4年経ちましたが、あの当時のモヤモヤしていたものを亜鈴さんのこの記事に見事に言語化されていて、ああこういうことだったんだなと今になって分かったような気がしました。
当時、なんとなく今のままではマズイと思いながらも、でも自分の感覚はどこか信用できなくて、周りの人や世間の言っていることの方が正しいからそうしなくてはいけないんだと無理矢理納得して進級、就活をしました。が、やっぱり自分には正しくなかったみたいで、メンタルを少し壊してしまいました。
今でもなかなか心の整理が出来てないようで、いまだに憂鬱になるときがあります。ただ、この記事を読んで幾らか気持ちがラクになったように感じました。
ありがとうございました。

返信する
亜鈴

てるしさん、コメントありがとうございます。

私の記事を読んで少しでも気持ちがラクになってくれれば嬉しいです。ありがとうございます^ ^

偉そうに記事にしている私自身も、同じように色々なことを考えて憂鬱になることはたくさんあります。なんだかんだフリーで働くのは大変ですから、「普通に就職すれば安定してたのになぁ」なんて考える日には、強烈な自責の念や後悔の念に押し殺されそうになることもしばしば・・。
それでも、自分で選んだ道ですし、「そっちの道」は自分には無理だったわけですから、マイペースでやってくしかないよね、っていう風に考えて少しずつ前に進んでいるって感じですかね。

結局のところ、自分の感覚や考え、思いを信じてあげて、一本芯を持って生きていくのが大事だって今は思います。お互い大変なこともあると思いますが、のんびりと生きていきましょう!

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